医療法人のM&A|主な手法やメリット・デメリット
M&Aと聞くと、一般企業のM&Aを思い浮かべる方が多く、真っ先に医療法人のM&Aを思い浮かべる方は少ないのではないでしょうか。
しかし、現在では後継者不足や経営状況の建て直しなどのために、医療法人においてもM&Aが活用されています。
今回は、医療法人のM&Aについて主な手法やメリット、デメリットを解説します。
医療法人の形態について
M&Aのメリット・デメリットの解説の前に、医療法人のM&Aスキームに関しては、M&Aの対象となる医療法人がどのような形態であるかが重要となりますので、まずは医療法人の形態についての概要をご説明します。
医療法人は、社団型医療法人と財団型医療法人の大きく2つに分類することができます。
まず、社団型医療法人とは、病院又は診療所等を開設することを目的として集まった人(社員)によって構成され、拠出された財産を基に定款を作成し、設立・運営する法人をいいます。さらに、社団型医療法人は、定款に出資持分の定めのあるかどうかにより、持分あり医療法人と、持分なし医療法人に分けられることとなります(後者の中には、基金を拠出することが可能な基金拠出型社団医療法人も存在します。)。
なお、持分あり医療法人は、平成19年4月1日以降は、新たに設立することは認められておらず、「当分の間」存続することが認められている「経過措置医療法人」と呼ばれることもあります。
これに対し、財団型医療法人とは、個人または法人が医療等の目的のために一定の財産を寄附し、当該財産に法人格を認めたものをいい、寄附された財産を基に寄附行為が作成され、設立・運営されます。
令和4年3月31日現在、日本に存在する医療法人のうち、99%以上は社団型医療法人で、66%が持分あり医療法人です。持分あり医療法人は、持分なし医療法人及び財団型医療法人とは異なり、M&Aに際して出資持分の譲渡も検討する必要があるという点に留意する必要があります。
医療法人におけるM&Aの主な手法及び各手法のメリット・デメリット
(1)社員・評議員及び役員の入れ替えによる経営権の取得
まず、医療法人のM&Aにおいて最もよく利用されている手法は、社団型医療法人の場合は対象医療法人の社員、財団型医療法人の場合は対象医療法人の評議員に退任してもらい、最低でも社員・評議員の総数の過半数となるよう、買手の指定する社員・評議員に交代してもらうことで、買手側で対象医療法人の経営権を取得する方法です。社員・評議員の交代とともに、役員についても買手側の指定する者に交代してもらうのが一般的です。
上記に加え、持分あり医療法人の場合は、社員及び役員の交代と同時に、対象医療法人の出資持分権者から、全ての出資持分を買手側に譲渡してもらうのが一般的です。出資持分権者は、退社時の払戻請求権と解散時の残余財産分配請求権という2つの財産権を保有しており、例えば、出資時よりも当該対象医療法人の純資産額が増加している場合、M&Aによって退社することに伴い多額の払戻をすることとなれば、対象医療法人の経営基盤が損なわれかねません。そうした事態を避けるため、出資持分についても譲り受けておく、というのが実務的な対応となります。
ただし、株主総会の議決権を保有するのが出資者(株主)のみである株式会社と異なり、社団型医療法人は社員たる地位と出資持分が紐付いているわけではなく、出資持分を保有しない社員も存在しており、かかる社員にも社員総会において1人1議決権が保障されています。したがって、出資持分の譲渡を受けるだけでは、対象医療法人に係る財産権を取得するというだけであって、対象医療法人の「経営権」を取得することにはなりません。出資持分の譲渡のみをもって、医療法人のM&Aの手法の一つであると整理するのは誤っており、社員の交代が必須となります。
上記手法は、後述する他の手法と比べて手続的な負担が軽く、速やかなM&Aを実現できるという点が最大のメリットです。反対に、対象医療法人自体の経営権を取得するという性質上、当該対象医療法人が偶発債務を負っているリスクがある点がデメリットといえます。このため、M&Aの実行前に、対象医療法人のデュー・ディリジェンス(監査)を実施すること、M&Aの契約において表明保証条項や補償条項を設けておくことが重要になってきます。
かかる手法の場合、旧役員に対する退職慰労金や、出資持分権の譲渡代金という形で、経営権譲渡の対価が支払われることとなります。退職慰労金の金額設定については、税務的な観点からも検討する必要があります。
(2)合併
複数の医療法人を吸収合併または新設合併して、1つの法人とする方法です。
医療法人の種類に制限はありません。
吸収合併では、一方の医療法人は存続し、他方の法人は解散の手続を経ずに消滅し、前者に統合されます。
新設合併では、2つ以上の医療法人を統合して新たな医療法人を設立します。
合併は、当事法人が同一医療圏の場合、病床の移動が可能になるというメリットがあります。また、合併により、2人以上必要であった理事長の員数を1人にすることも可能です。
他方、医療審議会の意見聴取を経たうえで都道府県知事の認可を取得する必要や債権者保護手続など法定の手続を踏む必要があるため、社員・評議員の入替方式よりも手続が複雑で、約1年ほど時間を要するという点、吸収合併消滅法人が偶発債務を負っている場合、当該偶発債務も承継してしまう点がデメリットとして挙げられます。
(3)分割
医療法人が事業の一部を分割し、その部分に含まれる権利義務をまとめて別の医療法人に承継させる方法です。平成28年9月1日に施行された改正医療法により新たに設けられたM&Aの手法となります。
医療法人の一部のみを承継させることができ、例えば、複数の病院を運営する医療法人が、一部の病院のみを別の医療法人に承継させる場合などに分割が利用されますが、持分なし医療法人にのみ認められており、持分あり医療法人、社会医療法人、特定医療法人、医療法第42条の3第1項による実施計画の認定を受けた医療法人は分割制度の対象外とされています。
既存の医療法人が引き継ぐ場合は吸収分割、新たに設立された法人が引き継ぐ場合は新設分割と呼ばれます。
分割は、承継対象を限定することが可能であるという点は事業譲渡と同様ですが、事業譲渡の場合は病院の廃止届出、新規の開設許可が必要であったり、債権者の個別同意が必要となってきますが、分割はこれらの手続が不要というメリットがあります。
他方、合併同様、医療審議会の意見聴取を経たうえで都道府県知事の認可を取得する必要や債権者保護手続が必要になり、柔軟なスケジュールが組めないというデメリットがあるため、事業譲渡と比較して手続的なメリットが大きいというわけではありません。
なお、上記のとおり、医療法人の分割は平成28年9月より認められた新しい制度であり、数もそれほど多くない持分なし医療法人のみ実施可能であるため、実際に分割がなされた事例は少なく、行政においても事例が集積されていないことからすれば、行政の担当者とも綿密にコミュニケーションをとるのが望ましいでしょう。
(4)事業譲渡
医療法には事業譲渡に関する規定は定められていませんが、医療法人であってもその資産、負債、契約等を個別に譲渡することは認められていますので、医療法人がその事業の全部または一部を別の医療法人に特定承継させることも可能です。
診療所や病院の開設主体が譲渡法人から譲受法人に変わるため、譲渡法人は都道府県知事宛てに廃止届を提出し、厚生局に保険医療機関の廃止届を提出する必要があり、譲受法人は都道府県知事から開設許可を得て、厚生局に保険医療機関の指定申請をすることが必要です。また、譲受法人においては、病院・診療所施設の使用許可も得る必要があります。
特に病床過剰地域では、病床数を引き継ぐことができるのか、早い段階で行政に打診しておく必要があります。
事業譲渡の場合は、譲渡人と譲受人との間で譲渡対象の範囲を事業譲渡契約の中で自由に決定することができ、譲受人となる医療法人が譲渡人となる医療法人から偶発債務を承継することを回避できる点がメリットとなります。
反対に、事業譲渡を行う当事者間で合意した資産、負債、契約関係等を個別に移転することになりますので、例えば負債を移転する場合には、対象医療法人の債権者から個別に同意を取得する必要があるなど、手続的な負担が重くなる可能性がある点がデメリットといえます。
ただし、前述のとおり、医療法上、包括承継である合併や分割についても医療審議会の意見聴取を経た上で都道府県知事の認可を取得することが必要になり、スケジュールの制約もありますので、必ずしも合併や分割より事業譲渡の方が手続的な負担が大きいというわけではないと考えられます。
まとめ
以上のとおり、医療法人のM&Aには、「社員・評議員及び役員の交代(持分あり医療法人の場合は出資持分譲渡も含む)」、「合併」、「分割」、「事業譲渡」といった手法がありますが、各手法にはそれぞれメリット・デメリットもあり、いかなる手法により医療法人のM&Aを行うべきかについては慎重に検討する必要があります。
Yz法律事務所では、医療法人のM&A案件について、専門知識とノウハウを活かした実践的なアドバイスを行い、適切なリーガルサポートをさせていただきます。
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